ANA国内線【PR】
カテゴリ:お盆
  • 六道輪廻
    [ 2011-08-13 22:34 ]
  • 施餓鬼(せがき)3
    [ 2010-08-15 23:00 ]
  • 施餓鬼(せがき)2
    [ 2010-08-14 12:03 ]
  • 施餓鬼(せがき)1
    [ 2010-08-13 22:39 ]
六道輪廻
お盆をむかえました。

東日本大震災で、お亡くなりになられた方々へのご冥福と
被災された方々へのお見舞いの意を申しあげます。
一日も早い復興を祈願いたします。
 
 東日本大震災殉難横死之諸霊無上菩提

今年は大きな災害が起こり、誰にということなく多くの方が、
亡き人へのご冥福を、心からお祈りされていることと思います。

お盆ということで、
久しぶりの実家で、話に花を咲かせている方も多いことでしょう。
また、お墓参りや仏壇に、
久しぶりに手を合わせたという方もいらっしゃるでしょう。

仏さまに敬意を持って供養すると同時に、
「さて、自分は(今まで)どうだったろうか?」と、かえりみる・・・
そいう時間を、ほんの一時でも持ってみるのはどうでしょうか?

当宗派の新聞(会誌)「大念佛」で(2011年7月発行第61号)、
「続 施餓鬼(せがき)のこころ」の一部をご紹介しましょう。
何かの参考になれば。

 『六道輪廻(ろくどうりんね)』
  仏教には、古くから六道輪廻の思想があります。
  現世において、日常の身体と言葉と心(身口意/しんくい)のはたらきの
  三つから生じる行為によって、
  来性には、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の
  六道の迷いの世界に生まれ、
  尽きることなく生死(しょうし)を繰り返すというものです。
  このうち地獄・餓鬼・畜生を三悪道(さんなくどう)
  または三悪趣(さんなくしゅ)といい、苦しみが最も激しい世界です。

  地獄の恐ろしさについては、阿含経(あごんきょう)など多くのお経と、
  倶舎論(くしゃろん)などの論部(教典を訳したもの)に説かれていますが、
  最も良く知られているのは、源信僧都(げんしんそうず)往生要集であります。

  餓鬼道や畜生道の苦しみは、地獄の恐怖に比べるとはるかに軽いというものの、
  三悪道は恐ろしい苦しい世界であることに変わりありません。

  <三悪道に堕ちる条件>
  一、もの惜しみをして、与えることをしない
  二、ねたみ心が強い  
  三、人をだまして自己の利益をはかる
  四、不足ばかりをいい、足りることの喜びを知らない
  五、他人をけなし、自慢する
  六、自己反省をせず、他を責める
  七、因果の道理を信ぜず、平気で悪を行う
  八、無益な殺生をする
  九、他人の財を奪う
  十、人を殺す


  このうち、どれか一つでも該当するものがあれば、
  三悪道のどこかに堕ちるのですから怖いものです。

  施餓鬼(せがき)は餓鬼道に堕ちた亡者を救うだけでなく、
  地獄や畜生の道に堕ちた亡者をも救う有り難い法要です。
  みんなでお詣りし、
  善根(よい報いを受けるためのよい原因)を積みたいものです。
  
  最後に最も大事なことは、
  施餓鬼は亡き人の供養で終わるものではないということです。
  私たちの現実世界に日々、三悪道が繰り広げられていることに目覚め、
  仏さまの導きによって、清く明るい世界を、
  ひとりびとりがわが足許(あしもと)に築いていく心構えこそ
  大切なのであります。

  ※当宗派の総本山大念佛寺の新聞(会誌)「大念佛」2011年7月発行/第61号
  「族 施餓鬼のこころ」の一部から(融通念仏宗宗務総長 吉村暲英さんの記事)



当寺、大念寺におきましても、施餓鬼法要をおこないます。
 8月16日(火曜日) 午後3時から
 大念寺本堂にて
同時に、永代祠堂回向(えいだいしどうえこう)、
当日経木回向、水子回向、初盆お骨回向をおこないます。



  

by osaka-dainenji | 2011-08-13 22:34 | お盆
施餓鬼(せがき)3
 記事の残りの部分をご紹介いたしましょう。

「法界施餓鬼とは」
  お盆をはさんでその前後に寺々で営まれる施餓鬼は、法界施餓鬼であります。

  元来、施餓鬼の時期はお盆と関係ないのですが、
 亡き人、亡き生物の霊を供養するという点において、
 先祖供養のムード一色に包まれているお盆の時期が最もふさわしいものとして
 定着したと考えられます。

  ここで法界というのは、この宇宙全体の存在を真理のあらわれとみる
 仏教の世界観のことです。
 すなわちこの世界には無駄なもの、どうでもいいものは何ひとつなく、
 すべてが何かの役に立って存在しているものばかりということです。
 塵ひとつの中にも尊い仏さまの生命が宿っていると見るのです。
 それを人間の身体に例をとると、一筋の毛髪、一片の爪、一滴の涙、
 汗や垢(あか)に至まで、そこには人間の生命が宿っていて、
 どれもが尊い光を放っているものばかりということになるわけです。

  このような見方で世の中のすべての存在を眺めてみると、
 私たちをとりまく一切のものは、私という一個の生命体を
 生かしてくれるものばかりである。
 いやそれどころか、
 私たちの生命そのものであるという感慨を持つことになります。
 そして感謝と畏敬の思いが起こるはずです。これを法界観というのです。
 なかんずく動物、特に畜産物、魚貝類などを考えてみてください。
 人間はそれを食用にし、観賞用にしています。
 それらのものに大きな犠牲を強いて自分の生命を保っているにもかかわらず、
 人は自責の念もなく、感謝の気持を持つことも少ないのです。

  仏教で殺生戒(せっしょうかい)というのがあります。
 これは生き物を殺してはいけないということに解釈されていますが、
 殺生戒とは生き物を殺さなくては生きていけない人間の性(さが)に、
 深い自責と懺悔(ざんげ)[反省]の念を持つことなのです。

 法界施餓鬼は実にこの心です。
 宇宙に満ちてるあらゆる生命[これを三界万霊(さんかいばんれい)といいます]
 に限りない感謝を捧げ、それを供養することが法界施餓鬼であります。

 「施餓鬼のおしえ」
  現今、法界施餓鬼に付随して、
 各自先祖諸霊の追善を修するのが通例となっていますが、
 それを「添(そ)え施餓鬼」「次(つぎ)施餓鬼」というのです。

  施餓鬼には次のような大きな意味合いがあることをここに銘記しておきます。

  一、すべての“いのち”のおかげに感謝し、報恩のまこと心を捧げること。
  二、今あるこの身の幸せを自覚し、ご先祖さまに手を合わせること。
  三、慳貪(けんどん)[貪りともの惜しみ]の心を離れ、
    施しの心、与える喜びを育むこと。


 ※当宗派の総本山大念佛寺の新聞(会誌)「大念佛」2010年7月発行第58号の、
  「一切の“いのち”に感謝 施餓鬼のこころ」と題した、
  融通念仏宗宗務総長 吉村暲英さんの記事から。



当寺、大念寺におきましては明日、施餓鬼法要をおこないます。
 8月16日(月曜日) 午後3時から
 大念寺本堂にて
同時に、永代祠堂回向(えいだいしどうえこう)、
当日経木回向、水子回向、初盆お骨回向をおこないます。




  
by osaka-dainenji | 2010-08-15 23:00 | お盆
施餓鬼(せがき)2
 昨日に引き続き、当宗派の総本山大念佛寺の新聞(会誌)「大念佛」
2010年7月発行第58号の、「一切の“いのち”に感謝 施餓鬼のこころ」と題した、
融通念仏宗宗務総長 吉村暲英さんの記事をご紹介いたします。

「永代祠堂施餓鬼(えいだいしどうせがき)のこと」
  先祖供養としての施餓鬼は、主に永代祠堂施餓鬼として
 修されるようになりました。
 施主は永代祠堂料を施入して、毎月の忌日(きにち)、
 あるいは毎年の祥月命日(しょうつきめいにち)に法要を営んでもらいます。
 祠堂とは檀家の先祖諸霊を祀(まつ)ってある堂のことで、
 位牌堂(いはいどう)、持仏堂(じぶつどう)などがこれに相当します。
 しかしほとんどの寺院では、本堂がこれを兼ねています。
 要するに先祖の霊位をお堂で祀り[位牌や帳簿]、供養していただくために、
 永代経(えいだいきょう)として布施を行い、
 寺ではそれによって施餓鬼をつとめます。
 実際は数年回にまとめて行うことが通例です。
 また今では春秋彼岸会にこれを併せて行うところもあります。
 形態は異なっても、亡き人への追慕(ついぼ)と、
 限りない敬いと感謝を捧げて営まれるのが先祖供養の施餓鬼であります。

  これとは別に、視野を広げて、
 この世界のあらゆる生命体への供養を願って修されるのが
 法界施餓鬼という大切な法要です。』


※明日は残りの部分、
 「法界施餓鬼とは」「施餓鬼のおしえ」をご紹介いたしましょう。





by osaka-dainenji | 2010-08-14 12:03 | お盆
施餓鬼(せがき)1
当宗派の総本山大念佛寺では、年3回の新聞(会誌)「大念佛」を発行しています。
2010年7月発行第58号の、
「一切の“いのち”に感謝 施餓鬼のこころ」と題した、
融通念仏宗宗務総長 吉村暲英さんの記事をご紹介したいと思います。

お盆のこの時に、ふといろんなことをかえりみるのも、いいかもしれませんね。

「施餓鬼のいわれ」
  お盆の季節になると、寺々では施餓鬼がつとまります。

  施餓鬼というのは、六道(生前の業因によって受ける六つの迷いの世界)
 の一つである餓鬼道におちて苦しむ亡者に、
 食物や水を手向けて供養する法会(ほうえ)のことをいいます。
 貪欲さかんな者、施(ほどこ)しの心がなく、
 もの惜しみする者がおちる世界が餓鬼道です。

  この法会は、「救抜焔口餓鬼陀羅尼経」(くばつえんくがきだらにきょう)
 の説に基づくものです。
 焔口餓鬼はやせこけて、口から火を吐き頭髪は蓬(よもぎ)のように乱れ、
 喉は針のように細く、しかも飲食しようとすると、
 食物は炎になってしまうため飲食ができず、常に飢えと渇きに苦しむのです。

  仏弟子の阿難(あなん)尊者がその苦しみを救う方法をお釈迦さまに問い、
 始めたものとされています。

  しかし施餓鬼はいつの頃からか、本来の餓鬼を救う法会という趣旨を離れ、
 広く先祖供養の大切な法要として定着してきました。
 すなわち亡き人の得脱(とくだつ/苦を離れて安楽を得ること)
 に主眼が置かれるようになりました。』

※明日、明後日にわたり残りの部分、
「永代祠堂施餓鬼のこと」、「法界施餓鬼とは」「施餓鬼のおしえ」
をご紹介いたしましょう。


当寺、大念寺におきましても、施餓鬼法要をおこないます。
 8月16日(月曜日) 午後3時から
 大念寺本堂にて

同時に、永代祠堂回向(えいだいしどうえこう)、
当日経木回向、水子回向、初盆お骨回向をおこないます。


by osaka-dainenji | 2010-08-13 22:39 | お盆